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犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる 被害者参加制度に反対する会長声明

2007.05.17
熊本県弁護士会 会長  三藤省三

 平成19年3月13日、被害者参加制度の新設を含む「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され、本国会に上程されている。
 被害者参加制度は、裁判員裁判対象事件や業務上過失致死傷等の事件について、裁判所に参加を申し出た被害者やその遺族(以下「犯罪被害者等」という。)に対し、公判への出席、情状に関する事項についての証人に対する尋問、自ら被告人に対して行う質問、証拠調べ終了後の弁論としての意見陳述(求刑を含む)を認める制度である。
 犯罪被害者支援に関しては、これまで、犯罪被害者等は「事件の当事者」でありながら、刑事手続の蚊帳の外に置かれて情報から遮断され、精神的ケアの面でも経済的補償の面でも十分な支援を受けられずにきている。近時関係各位の尽力によって犯罪被害者基本法の制定をはじめ、各種支援策が講じられるようになってきたものの、現行の刑事司法制度が、犯罪被害者が抱いている不満に十分に答えているとはいえず、さらなる犯罪被害者支援策が求められる。
 しかしながら、今般の改正法で導入が予定されている犯罪被害者の刑事手続参加制度は、以下のとおり、刑事裁判の構造を根底から変容させ、被告人の防御権を危うくさせるばかりか、来る裁判員制度の実施にも深刻な悪影響を与える虞があることから、当会としては、かかる制度の導入には、反対せざるを得ない。

1 犯罪性の有無や犯人と被告人との同一性が争われている否認事件において、応報感情に駆られた犯罪被害者等ないしその代理人による、被告人の犯人性を前提とした証人尋問・被告人質問や意見陳述は、被告人に不必要且つ多大な負担を強いることになるばかりか、犯罪被害者等の意見が過度に重視され、証拠に基づく冷静な事実認定や公平な量刑に強い影響を与えることが憂慮される。
  犯罪被害者等の刑事手続への参加は、被告人の無罪推定の原則にも抵触し、被告人の防御権を侵害する懸念を払拭できない。
2 犯罪被害者等による被告人質問権・意見陳述権(求刑を含む)等の目的とするところは、畢竟、被告人に対する糾弾に収斂せざるを得ない。しかも、平成21年から施行される裁判員制度下で、法律の専門家でもなくしかも事件毎に関与する裁判員において、量刑の社会復帰理念等が十分に理解されないまま、被告人質問や意見陳述等を通じた犯罪被害者らの被害感情が過大評価されることになれば、徒に過度の重罰化を招き、行刑の理念のみならず、刑事司法手続の適正すら変質せしめる危険がある。
  とりわけ裁判員制度の制度設計に際しては、被害者参加制度が考慮されていなかったことから、被害者参加制度が及ぼす影響も大きいものとなろう。
3 代用監獄の温存による自白強要の危険、伝聞法則の形骸化、接見交通権の侵害、人質司法、調書裁判等被疑者・被告人の人権が極めて脆弱な現状において、さらに被害者保護の名目の下に、被害者らからの私怨による責任追求まで許容されるならば、危殆に貧した被疑者・被告人の人権保障など風前の灯となる。
  諸外国の犯罪被害者参加制度と雖も、被疑者・被告人の無罪推定の原則等を侵害しないよう各種の法的手当が講じられており、歴史的・制度的・社会的背景の相違を無視して、我が国でそのまま制度化するのは、妥当ではない。
4 一方、悲惨な状況におかれた犯罪被害者等の救済が緊急且つ重要な課題であり、経済的、社会的、医療的措置等を通じ、国家・社会の責任において、十分な手当てが講じられるべきこともまた論を待たない。
  しかし,犯罪被害者等の刑事手続参加によって、刑事司法が被害者等の癒しの場になり、被害者等の立ち直りや回復に寄与することは実証性がなく、被告人の反駁等により、却って犯罪被害者等の精神的被害を増幅する危険すらある。
5 多くの犯罪被害者等が刑事裁判に対して抱いている不満は、捜査結果や事件内容、手続について十分な情報提供がなされていないため、なぜこうした事態に巻き込まれているのか「知りたい」という願いが充たされないことや、検察官の訴訟活動に自らの思いが十分に反映されないことなどに起因している。これらの犯罪被害者等の不満に対応するためには、刑事訴訟の諸原則との重大な矛盾を孕む被害者参加制度の方法によらなくとも、
【1】 被害者等の検察官に対する質問・意見表明制度の導入
【2】 犯罪被害者等に対する公費による弁護士支援制度の導入
によって、現行刑事訴訟の構造と矛盾を来すことなく犯罪被害者等の要望に応えることが可能である。
6 2007(平成19)年4月14日、「被害者と司法を考える会」は、今回の被害者参加制度の功罪を指摘し、全国の各弁護士会に対し、上記法案に反対の決議を求める要望書を提出しており、被害者参加制度が必ずしも犯罪被害者等の不満に応えるものでないことが明らかである。
  このように、被害者参加制度は、犯罪被害者等の支援にはつながらない上に、刑事裁判の構造を根底から変容させ、被告人の防御権を危うくさせるものであり、当会は、この法案について、深く憂慮し、強く反対の意見を表明するものである。