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「ゲートキーパー」立法に反対する会長声明

2006.01.27
熊本県弁護士会 会長 坂本邦彦

 政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部は、平成16年12月、「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その中でFATF(OECD加盟国を中心とする政府機関である「金融活動作業部会」の略称)勧告の完全実施を決め、弁護士に対しても、依頼者の疑わしい取引に関する報告義務を課し、これを立法(ゲートキーパー立法)化する準備をしている。

 その一方で、政府は、平成17年11月17日、FATF勧告実施のための法律の整備の一環として、金融情報機関(通称FIU)を金融庁から警察庁に移管することを決定した。

 しかし、そもそも弁護士に依頼者の疑わしい取引に関する報告義務を立法により強制すること自体、弁護士の依頼者に対する守秘義務を侵すものであり、弁護士制度の根幹を覆すもので、到底認め難いことである上、この報告先を警察庁に移管することは、更に、これまでの弁護士自治自体を国が否定し、弁護士、弁護士会を国の監督下に置くことにつながるもので現在の弁護士法の否定であって絶対に容認できない。

 弁護士は、例え相手が国家権力であっても、その対抗の中で市民の人権を擁護することを職責としており、弁護士の秘密保持の原則は、このような国家とも対抗関係に立つことがある弁護士の職業の本質に根ざすものである。時の政府又は政治権力から独立していることが(弁護士自治)、人権の擁護と社会正義の実現の基盤である。そして、この基盤を支える義務として、守秘義務は国民の弁護士制度・司法制度への信頼の基礎ともなっている。政府が検討しているゲートキーパー立法は、この基盤を文字どおり根底から覆すものである。

 また、弁護士の報告義務制度が導入されれば、弁護士のこれまでのような依頼者との秘密保持義務は、国家との関係で解除されるとはいえ、弁護士は自らの依頼者のことを告げ口するような不本意な行動を強いられ、通報した事実を依頼者に開示することも禁止された状態で仕事を続けなければならない。そのため、依頼者は何を通報されるかわからないので真に重要なことは弁護士に話せなくなる。また、「疑わしい」というレベルで弁護士に通報義務を課せば、トラブルに巻き込まれたくないと思う弁護士による誤った通報が発生するおそれもあり、これによって自らの依頼者に経済的な破滅をもたらすおそれもあり、依頼者にも多大の損害を与える可能性が大きい。

 更に、この制度の導入によって依頼者が弁護士に真実を話さなくなれば、弁護士は依頼者が法律を遵守して行動するように適切な援助をすることもできなくなり、このことによって、逆に、依頼者による違法行為という結果を招くリスクも生まれる。
要するに、依頼者の違法な行為を金融監督機関に通報することによる違法行為の予防、抑止の効果よりも、多くの依頼者が適切な法的アドバイスを受けられなくなるリスクの方が格段に大きいと言わざるを得ない。

 このように、弁護士に対するゲートキーパー立法を認めれば、弁護士は、正当な依頼者の利益を守ることができなくなり、依頼者も多大の損失を蒙るおそれがあるのである。

 もちろん、マネーロンダリング等の防止が重要であることはいうまでもないことであり、当会としてもこの防止のための対応、努力は常に続けていかなければならず、弁護士の職責上も国際組織犯罪、国際テロを防止する行動をとることが当然必要である。
しかし、現在、政府が法律の整備を検討している弁護士に通報義務を課す制度を立法化することは、これまでの永い歴史の中で構築された弁護士自治制度の根幹を崩壊させるもので、弁護士と依頼者との信頼関係を根底から脅かし、かつ、国民が国家からの監視を受けるという重大な人権侵害の結果を招くことにもなり、到底容認できない。
 よって、当会は、ゲートキーパー立法に強く反対するものである。


以上