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「少年法等の一部を改正する法律案」に反対する会長声明

2005.08.31
熊本県弁護士会
                      会 長  坂本 邦彦


1 はじめに
 「少年法等の一部を改正する法律案」(以下「『改正』法案」という。)が平成17年3月1日の閣議決定を経て同日国会に提出され、平成17年6月14日に衆議院での審議が始まった。その後,平成17年8月8日,衆議院の解散によって,「改正」法案は廃案となったが,今後も「改正」法案が再び国会に上程される可能性は否定できない。

   この「改正」法案は、以下に述べるとおり、少年法の理念や保護観察制度の根幹に関わる重大な問題があり、当会は、国選付添人制度の導入の点を除き、この「改正」法案に強く反対する。

2 少年院送致年齢の下限の撤廃について
 「改正」法案は、昨今社会問題と認識されるようになった低年齢少年による非行事件を契機として、少年に対する厳罰化を唱える一部の世論に押される形で、少年院送致年齢の下限を撤廃し、法的には、小学生はもちろん幼稚園児であっても少年院に送致することが可能な内容となっている。

 しかしながら、そもそも14歳未満の少年による事件の凶悪化は統計上認められず、その根拠となる立法事実が存在しない。

 また、一部世論は少年事件の原因を少年に対する厳しさの不足の問題や「根性」のごとき精神論の問題ととらえる向きがあるが、そのような理解は誤まったものであるといわざるをえない。この誤った理解に基づいて厳罰化を内容とする「改正」をなすことは許されないことであり、そのような「改正」は、せいぜい一部世論に対してのエクスキューズにすぎないとの批判を免れない。

 さらに、低年齢の少年に対しては、ひとりひとりの心身の発達状況や家庭環境などに配慮したきめ細かい指導をとおして、個々の少年の健全な成長発達を促すことが求められる。とりわけ、重大な事件を犯すに至った低年齢の少年ほど、被虐待体験を含む複雑な生育歴を有していることが少なくない。その意味で、低年齢の触法少年については、個別の福祉的教育的対応を専門とする児童自立支援施設における処遇こそが適切であって、主として集団的矯正教育を行う少年院での処遇にはなじまない。

3 触法少年・ぐ犯少年に対する福祉的対応の後退と強制処分の導入について
 「改正」法案は、触法少年及びぐ犯少年に対する警察官の調査権限を定めるとともに、さらに触法少年に対しては一定の強制処分手続をおこなうことができるとしている。

 しかしながら、低年齢の少年やぐ犯少年に対する調査は、児童福祉の専門機関である児童相談所のソーシャルワーカーや心理相談員を中心として進めるべきである。なぜなら、触法少年、特に重大な事件を冒した少年の多くは、被虐待経験を含む複雑な生育歴、あるいは、少年自身が人格を傷つけられた経験を有しており、このような少年に対するケアは、福祉的・教育的観点に立ち、少年の非行に至る背景や環境から調査検討することが必要だからである。

 たしかに、触法少年の調査の現状が不十分な点があることは否めないが、児童の心理や特殊性について専門外の警察官による調査は適当ではなく、児童相談所や福祉機関の人的・物的な充実強化によって対応すべきである。

4 保護観察中の遵守事項違反を理由として家庭裁判所が少年院送致等の保護処分決定ができるとすることについて
 「改正」法案は、保護観察中に遵守事項に違反した場合に、少年院送致などの措置をとることができる制度を設けている。

 しかし、現行法においても、保護観察中の遵守事項違反に対しては、ぐ犯通告制度などが存在しており、それに加えて新たな制度を創設する必要性について現場の意見を徴するなどの検証は全くなされていない。

 そもそも、保護観察は、少年の自ら立ち直る力を育てるため、保護観察官と保護司が少年との信頼関係(そこでは、ときには遵守事項を破ってしまったことも素直に話せる関係が存在することが必要である)を前提にして、長期的な視点から、少年に対しねばり強く働きかける制度である。ところが、「改正」案は少年院送致を威嚇の手段として遵守事項を守るよう少年に求めるものである点で問題があるばかりか、保護司に少年を監視し遵守事項違反を通報する機能を負わせることになるため、前述のような少年と保護司との信頼関係が成立し得なくなるという点で保護観察制度の基礎・本質を破壊する内容を含むものであり問題である。

 また、保護観察処分が言い渡された少年に対し、遵守事項違反を理由に少年院送致処分をおこなうことは、遵守事項違反それ自体を単独で評価して少年院送致するのだと理解すれば罪刑法定主義や比例原則に反するものといえるし、遵守事項違反を当初の非行事実との対比で評価して少年院送致するのだと理解するならば保護観察処分を言い渡した際の非行を再度評価するという点で一事不再理原則・二重処罰の禁止にも反するものであるといえる。

 現行の保護観察制度は相応に機能しているのであって、この制度のさらなる実効性を確保することこそが求められている。そのためには、何よりもまず保護観察官の増員や適切な保護司の確保のための諸施策といった方策が実施されるべきであり、制度の本質を変容させてはならない。

5 国選付添人制度について
  「改正」法案は、極めて限定的ではあるが、従前の検察官関与とは切り離して国選付添人制度を導入している。

  これは、当会が福岡県弁護士会や仙台弁護士会とともに全国の弁護士会をリードする形で実践してきた身柄事件全件付添人活動が全国に波及していく中で、これらの実績に基づいて有用性が証明され、国としてもその成果に配慮したことによるものである。その意味で、国選付添人制度の導入は、当会のこれまでの活動が実を結んだものとして一定の評価をなしうるものであり、この点については本改正法案の成立が待たれる。

  しかしながら、その対象事件は極めて限られているなど、著しく不十分なものにとどまっている。当会は、さらに全面的な国選付添制度の実現を強く求めるとともに、今後とも、少年付添人活動の一層の充実に努めていく決意 である。

6 結語
 以上のとおりであり、少年事件に関する現状の問題点は、現行の法律の適切な運用と、児童相談所、児童福祉施設、保護観察制度の人的・物的な充実によって対応すべきである。したがって、国選付添人制度の導入を除き、当会は「改正」法案に強く反対するものである。