公契約法・公契約条例の制定を求める会長声明
当会は、熊本県内の全地方公共団体に対して、公契約条例の制定を求めるとともに、国に対しては、公契約法の制定及び全国の地方公共団体に対する公契約条例制定に向けた支援を求める。
1 労働環境の現状
我が国では、被用者全体に占める正規労働者の割合が34.3%(2010年)にのぼり、さらに、非正規労働者の賃金は正規労働者に比べ、低廉に抑えられ、上昇率も著しく低いという状況にある。完全失業率も、依然として4%台を維持しており、就労の機会を得る困難さに加え、就労先の確保できたとしても、多くが低賃金の非正規労働を余儀なくされるという過酷な現状にある。なお、「34歳以下の有配偶者率」は「正規労働者」が約40%に達するのに対し、「パート・アルバイト」では6%程度と大きな開きになっており、非正規労働者の増加は、「少子化の加速」といった我が国の社会構造にも深刻な陰を落とすことになっている。
かかる深刻な労働環境は、公の機関を一方当事者とする「公契約」に従事する労働者についても同様であり、ある地方公共団体では、当該地方公共団体の委託による事業に従事する労働者の賃金が生活保護基準に達せず、生活保護を受給するとういう事態も生じており、かかる事態が地域経済に与える悪影響は、もはや看過できない状況にある。
2 公契約法・公契約条例の意義
「公契約法」ないし「公契約条例」とは、国や地方公共団体が民間企業・団体(事業者)と締結する委託契約(公契約)について、委託契約の条件として、受託事業者に対し、受託事業に直接・間接に従事する労働者への最低賃金額の支払の遵守を義づける法規をいう。
具体的には、例えば地方公共団体の公共工事の発注において、その工事を受注した事業者は、この工事に従事する自社従業員に、条例で定める最低賃金額以上の賃金を支払う義務を負うほか、下請け・孫請け企業もその工事に従事する従業員に対して条例で定める最低賃金額以上の賃金を支払う義務を負うこととなる。
労働環境の改善、特に賃金水準の引き上げには最低賃金の引き上げが有効な方法ではあるが、最低賃金が生活保護基準を下回る逆転現象も指摘されりなど、必ずしも労働条件の改善につながっていないうえ、近年の厳しい経済事情のもとにおいては、最低賃金の急激な引き上げには問題点も指摘されている。これに対し、公契約法・公契約条例による最低賃金規制の場合は、「公契約法」に基づく労働の対価のみが対象ではあるが、千葉県野田市では、公契約条例を施行した2010年2月以降に清掃委託業務に従事していた労働者の賃金が1時間あたり101円上昇するといった効果が報告されるなど、地域の労働者の賃金水準の底上げ寄与することが期待されている。
地方公共団体には国民・住民の健康で文化的な生活の保護や、福祉・社会保障の向上・増進の責務があるが、公契約法・公契約条例によって地域の労働者の生活水準向上することは、国や地方公共団体にとっても福祉的支出の減額、税収の増加等の大きなメリットがある。
3 公契約法・公契約条例の現状
国際労働機関(ILO)においては、1949年に、公の機関を一方の契約当事者として締結する契約においては、その契約で働く労働者の労働条件について、国内の法令によって決められたものよりも有利な労働条件とする条項をその契約の中に入れることを求めた「公契約法における労働条項に関する条約」(94号条約)が成立している。この条約を我が国はまだ批准していないが、59か国がすでに批准しており、公契約法・公契約条例の制定は世界的な流れといえる。
また、我が国においては、千葉県の野田市議会が2009年9月に全会一致で公契約条例を成立させたのを皮切りに、川崎市議会でも2010年12月に前回一致で成立させている。その後も東京都多摩市、国分寺市、渋谷区、神奈川県相模原市等で条例が成立しており、今後も条例制定が拡大する見込みである。工事委託などについて契約先を選定する際の評価方法として、厚生労働基準や環境への配慮を挙げて行っている例としては、山形県公共調達条例があり、要綱などでこれを定めている例として、国分寺市、日野市、豊中市、旭川市がある。
さらに、全国の23県議会と740市区町村議会が、国に対し、公契約法の制定を求める意見書を採択するなど、全国的に公契約法及び公契約条例の制定の気運が高まってきている。
4 まとめ
平成23年4月14日の日弁連「公契約法・公契約条例の制定を求める意見書」でも指摘されるとおり、公契約法・公契約条例は、深刻な社会問題となっているワーキング・プア問題解決の大きな糸口となるものと考えられる。また、労働者の生活水準の向上は、これまでに日弁連が取り組んできた多重債務問題をはじめ、「貧困」が発生する様々なリスク回避にもつながるものと期待される。
よって、当会は、熊本県内の各地方公共団体に対し、公契約条例の制定を求めるとともに、国に対し、公契約法の制定及び全国の地方公共団体に対して公契約条例制定に向けた支援を行うことを求めるものである。
2012(平成24)年10月16日
熊本県弁護士会 会長 坂本 秀德