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緊急事態条項を創設する憲法改正に反対する会長声明

2017.03.31

 近時、災害対策等を理由として、憲法を改正し緊急事態条項を創設しようとする議論が、政府や与党内から提起されており、先日(本年3月23日)の衆議院憲法審査会においても、緊急事態条項の創設について参考人の意見陳述・質疑が行われた。
 緊急事態条項とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家権力が、国家の存立を維持するために、憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限とされており、国家緊急権とも呼ばれるものである。こうした緊急事態条項は、一時的にせよ行政府への強度の権力集中と憲法上保障された人権の制限を図るものであるから、行政府による濫用の危険性が高く、基本的人権の尊重と権力分立を旨とする立憲主義を破壊する大きな危険性をはらんでいる。日本国憲法は、権力が濫用された過去の幾多の歴史的事実を踏まえ、立憲主義と相いれない本質を有する緊急事態条項について、あえて規定を設けていないのである。
 そもそも、災害対策においては、「事前に準備していないことは緊急時にはできない」とされており、平時における事前準備が何より重要である。この点について、日本の災害法制では、大規模災害時の対処のために既に十分な整備がなされている。すわなち、災害が発生し、国に重大な影響を及ぼすような場合には、内閣総理大臣が災害緊急事態を布告し(災害対策基本法105条)、内閣は、生活必需物資等の授受の制限、価格統制及び債務支払の延期等を決定することができることとされている(同法109条)。また、内閣総理大臣は、地震防災応急対策のため、必要に応じて地方公共団体等に指示を行うことができ(大規模地震対策特別措置法11条1項、同法13条1項)、防衛大臣に対し、自衛隊の部隊等の派遣を要請することができる(同法13条2項)。さらに、都道府県知事の強制権(災害救助法7条~10条)や市町村長の強制権(災害対策基本法59条、60条、63条~65条)など、私人の権利を制限する権限も設けられている。東日本大震災等の過去の大規模災害において政府の初動対応が不十分であったと批判されているが、それは既存の法制度に不備があったのではなく、災害への事前の対策が不足し、法制度を十分に活用することができなかったからである。今後の大規模災害への備えとして行うべきは、すでに十分に整備されている災害法制を発災時に適切・迅速に運用できるよう平時から防災・減災のための対策・準備を充実させることである。
 諸外国の例を見ても、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカの4カ国において、災害における国家緊急権を憲法で定めているのはドイツだけであり、その他の国は日本と同じく法律で対処している。また、ドイツの憲法上の制度を見ても、州及び連邦の相互援助の規定であり、権限を連邦政府に集中させるのではなく、現場に近い州が対応するものとされている。こうした諸外国の例からも、緊急事態条項を創設し政府への権力の集中によって事態に対処しようとすることは、方向性を見誤っていると言わざるを得ない。東日本大震災の被災自治体に対する日弁連アンケート(平成27年9月実施・24市町村回答)においても、災害対策の第一義的な対応は市町村主導とすべきであること、緊急事態条項の存しない現憲法が災害対策の障害となったことはないとの結果が示されている。
 平成28年4月、熊本の地はかつてない震災に見舞われ、甚大な被害を受けた。これに対して全国から支援が寄せられるとともに、当会も、被災地の弁護士会として被災者支援活動を行ってきたが、そうした活動において、東日本大震災をはじめとする過去の大規模災害の体験に基づく支援・助言が何よりの助けとなった。こうした経験から言えることは、今後も発生することが予想される大規模災害において、被災者の支援及び被災地の復興のために必要なことは、過去の幾多の災害における具体的な経験を踏まえ、発生した被害の原因を検証し、その対策を策定して事前の準備を進めていくことであり、ことが起こってから憲法の基本原則を停止し政府に権力を集中させるための法制度を創設することではないということである。
 よって、当会は、災害対策等を理由として憲法を改正し、緊急事態条項を創設することについて、断固として反対するものである。

                       平成29年3月31日
                       熊本県弁護士会
                       会 長  吉 田 賢 一