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民法の成年年齢引下げに関する会長声明

2017.05.10

1? 2007年5月に成立した国民投票法の附則を受けて,2015年6月17日に公職選挙法が改正され,選挙年齢が18歳に下げられることとなった。これを受けて,政府において民法の成年年齢を20歳から18歳へ引き下げることが議論されている。

2 ?民法の成年年齢が引下げられた場合に最も問題となるのは,18歳,19歳の若年者が未成年者取消権(民法第5条第2項)を喪失し消費者被害が増加することである。 
 現行民法では,未成年者が単独で行った法律行為は未成年者であることのみを理由として取り消すことができる。このため,未成年者取消権は,未成年者が取引行為によるリスクを回避するにあたり絶大な効果を有し,この効果は未成年者に違法もしくは不当な契約締結を勧誘しようとする事業者に対して大きな抑止力にもなっている。
 このことは,独立行政法人国民生活センターにおいて未成年者取消権を失う20歳から相談件数が急増するとの報告がされていること,20歳の誕生日を狙って勧誘を行う悪質業者の存在が指摘されていることからも明らかである。
 一方で若者に対する消費者被害を回避するためには,消費者全般を保護する法改正にとどまらず,より一層の消費者教育の拡充が重要である。しかしながら,我が国ではそのような施策の実施は到底十分であるとはいえない状況にあり,若者の消費者被害にかかる理解は十分とは言いがたい。
 このように,未成年者取消権の果たしている役割や若者の消費者被害防止施策の現状に照らしても,現段階で民法の成年年齢引下げを断行すれば,未成年者取消権の喪失によって18歳,19歳の若者の消費者被害が拡大することは必至である。

3 若年者の健康被害の防止の観点から,未成年者喫煙防止法,未成年者飲酒禁止法は20歳を年齢区分としているほか,競馬法,自転車競技法等は,若年者の健全育成の観点から未成年者の馬券,車券等の購入を禁止しており,それぞれの目的に応じた年齢区分が設けられている。法律における年齢区分はそれぞれの法律の立法目的や保護法益ごとに,若年者の最善の利益と社会全体の利益を実現する観点から,個別具体的に検討されるべきである。
 加えて,選挙年齢の引下げは民主主義の観点から18歳,19歳の若年者に選挙に参加する権利を付与するものであるのに対し,成年年齢引下げは,これら若年者に与えられていた保護を外し私法上の行為能力を付与するものであって目的を異にするから,年齢要件を同一に考えるべき必然性はない。
 したがって,民法の成年年齢については,「国法上の統一性や分かりやすさ」といった単純な理由で安易に決められてはならない。

4 ?また,消費者被害に止まらず,民法における成年年齢引下げは,養育費の支払終期が事実上18歳まで早められたり,未成年者を保護するべく定められた他の各法律の改正につながることも懸念される。
 民法の成年年齢引下げにあたっては,他の制度や法律にも影響が及ぶであろうことを前提として,慎重な検討がなされるべきである。そのためには,成年年齢引下げによる影響や問題点を広く把握し,若者と若者を取り巻く多くの関係者らの意見も十分に聴いた上で,多面的な議論がなされる必要がある。
 ところが現在,国民の間でこのような問題に対する条件整備を含めた議論がなされているとは到底いえない状態である。

5 以上のとおり,当会は,民法の成年年齢の引下げについては,より十分な時間をかけ,条件整備を含めた国民的議論を経て決定されなければならないと考えることから,これが実現していない現時点において,民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることには反対する。?

                  2017年(平成29年)5月10日
                            熊本県弁護士会
                       会 長  宮 田 房 之