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犯罪報道において,犯罪被害者等の有する権利の尊重を求める会長声明

2018.03.14

 2017年(平成29年)10月,神奈川県座間市において,9名の方のご遺体がアパートの一室で発見されるという痛ましい事件が発生した。
 その後,被害者のご遺族が匿名による報道を希望していたにもかかわらず,多くの新聞,雑誌,テレビ等で被害者の実名や顔写真などが公表され,さらに被害者のご遺族が公表されることを望まない情報までもが白日の下にさらされた。これらの情報は今なおインターネット等を通じて拡散し続けている。
 犯罪等により害を被った者及びその家族又は遺族(以下「犯罪被害者等」という。)は他の市民と同様に,自己に関する情報を適切にコントロールする権利としてのプライバシー権や,平穏で安全な生活を営むことができる権利を有しており,公表を望まない情報を公表されないことは,プライバシー権等の権利として最大限に尊重されなければならない。そして,犯罪被害者等基本法は,すべての犯罪被害者等が「その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と定め(第3条第1項),「犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害することのないよう十分配慮する」ことを国民の責務として定めている(第6条)。
 インターネットが普及した現代社会においては,報道された犯罪被害者等の個人情報は,インターネット上に掲載され,検索が可能な状態で半永久的に残存することとなる。それに加えて,誰もが憶測に基づく情報,過度に詮索的な情報等をインターネット上で容易に発信できるため,実名等の個人情報が報道によりひとたび公表されてインターネット上に掲載されると,犯罪被害者等のプライバシー権等の権利の回復はもはや不可能となると言える。犯罪そのものによって重大な被害を受けている犯罪被害者等は,その権利を侵害された報道により更なる精神的苦痛,社会的評価の毀損などの被害を受けるのであり,かかる二次的被害の程度は極めて深刻であると言わざるを得ない。
 もとより,報道の自由は,国民の知る権利に奉仕するものとして憲法上特に重要な権利として保障されており,また,犯罪報道は,捜査の在り方を監視するともに,事件の検証を可能とし,再発防止の観点から被害の影響を広く訴え,社会的な議論を招くために重要な意義を有するものである。
 しかしながら,報道の自由は犯罪被害者等のプライバシー権等の権利に無条件に優越するものではなく,共に重要な権利として両者の調整が図られるべきである。しかるに,犯罪報道において犯罪被害者等の個人情報が公表されなくとも,その事件の内容について議論をすることが十分に可能であるなどその期待される意義を達成できる場合も認められるから,報道機関は,特に犯罪被害者等が実名等の公表を望まない意思を明確にしている場合などには,報道の必要性とともにそれによる犯罪被害者等の二次的被害の発生の有無・蓋然性等について慎重に検討すべきである。
 前記の座間市の事件においては,これまで例を見ない事件の特殊性及び被害の重大性等から,一方では犯罪報道の意義・必要性が高いという見方もあるが,他方で,犯罪被害者等の個人情報が公表された場合,二次的被害が発生することは一般人の見地に立っても容易に想像できることから,ご遺族が匿名を希望したことは当然で,その意向は最大限配慮されるべきであったとも言える。また,今回については,犯罪被害者の実名報道をせずとも社会的な議論を行うことは十分に可能であり,犯罪報道の意義は実現できたとも考えられる。とするならば,今回の報道は,犯罪被害者等の権利に対する配慮が不足した行き過ぎたものとして,看過できるものではないと言わざるを得ない。
 当会は,憲法上特に重要な権利である報道の自由の意義を認識しつつも,犯罪被害者等に関する情報を報じるに当たっては,報道機関に対し,犯罪被害者等の実名報道に関する意向,二次的被害発生の有無・蓋然性を,事案ごとに慎重に検討し,犯罪被害者等の権利をも尊重した適切な報道を行うことを求める。

2018年(平成30年)3月14日
熊本県弁護士会
会長 宮 田 房 之