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クレジット過剰与信規制の緩和に反対する会長声明

2019.09.11

1 経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会割賦販売小委員会は,技術やデータを活用した与信審査を導入し,割賦販売法上規制される与信審査につき緩和策を検討している。令和元年5月29日付中間整理(以下「中間整理」という。)において,割賦販売法の与信審査について,①現行の支払可能見込額調査に代えて技術やデータを活用した与信審査を認め,②極度額10万円以下の少額・低リスクのサービスについては,指定信用情報機関の信用情報の使用義務(以下「使用義務」という。)と登録義務(以下「登録義務」という。)を課さず,③少額・低リスク以外のサービスについても,技術やデータを活用した方法で与信審査ができる事業者には使用義務を課さないという方向性を示した。
 この中間整理の背景には,キャッシュレス決済率を現状の約20%から40%に倍増しようとする政府の政策目標がある。近年,多種多様なキャッシュレス決済手段が登場しており,これにより消費者の利便性が高まることは確かである。

2 しかし,2008年(平成20年)改正割賦販売法は,過剰与信を規制するため,クレジットカード会社に対し,支払可能見込額の調査(割賦販売法30条の2第1項),指定信用情報機関への信用情報の照会(同条第3項),都度の指定信用情報機関への残高情報・事故情報の登録(同法35条の3の56第2項及び第3項)を義務付けており,これらの規定により,利用者にかかる全体の債務状況が業界全体に共有され,多重債務の防止が図られている。

3 中間整理は,こうした過剰与信規制を緩和するものである。すなわち,極度額10万円以下の与信であっても,複数利用すれば多重債務に陥る危険性があり,低リスクではない。登録義務や使用義務が課されないと,残高情報や事故情報が共有されないまま与信が行われ,債務額を増大させるおそれがある。また,現在でも若年者への少額の与信がなされるケースが見受けられるなかで,適正な与信審査がなされなければ,今後,成人年齢が引き下げられた際に,若年者の多重債務の増大を招くおそれが一層強くなる。

4 さらに,技術やデータを活用した与信審査についても,現行法の画一的な支払可能見込額調査に比して,その代替手段としての適性が客観的に検証されているのかにつき疑問がある。各クレジットカード会社が独自に収集するビッグデータやAIを活用したスコアリングモデルによる与信審査基準には,必ずしも利用者の信用力に関係しない要素も含まれている可能性がある。また,使用義務が課されず,残高情報や事故情報を把握されないまま与信がなされるので,多重債務を防止する機能としては限界がある。したがって,現行法の支払可能見込額調査は維持されるべきである。
 仮に,技術やデータを活用した与信審査を支払可能見込額調査の代替手段として認めるならば,事前の措置として行政等の第三者が当該与信審査の客観的な合理性を審査する手続を,事後の措置として貸倒率又は延滞率等の客観的な検証手続をそれぞれ設けるべきである。

5 以上のとおり,クレジット債務の状況を業界全体で共有することによって過剰与信を規制するという2008年(平成20年)改正割賦販売法の趣旨を堅持し,引き続き使用義務,登録義務及び支払可能見込額調査を維持すべきである。
 また,技術やデータを活用した与信審査を支払可能見込額調査の代替手段として認めるならば,代替手段として客観的合理性を確保できる措置を講じるべきである。

2019年(令和元年)9月11日

熊本県弁護士会 

会長 清水谷 洋樹