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日本学術会議会員候補者の任命拒否に抗議する会長声明

2020.12.11

 本年10月1日、菅義偉内閣総理大臣は、日本学術会議が新会員として推薦した105名のうち、6名の研究者の任命を拒否した。この行為は、以下に述べるとおり、日本学術会議法に違反するのみならず、憲法が保障する学問の自由に対する侵害でもある。内閣総理大臣は、任命拒否を撤回し、任命拒否した6名の研究者を速やかに任命すべきである。
 日本学術会議は、明治憲法下で政府が学問を弾圧したことへの反省に基づき、昭和24年、「科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学会と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし」て設立された(日本学術会議法前文)。同会議は、「わが国の科学者の内外に対する代表機関として科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を浸透させることを目的」としており(同法2条)、科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること等の職務を「独立して」行うと定められている(同法3条)。
 このように、同会議が政府からの独立を基本とする自律的組織であるため、その会員の任命については、同会議が「優れた研究又は業績のある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するもの」とされ(同法17条)、「第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」(同法7条2項)とされている。
 また、内閣総理大臣は、日本学術会議の会員から病気その他やむを得ない事由により辞職の申出を受けたときでも、辞職を承認するには日本学術会議の同意を要するとされており(同法25条)、会員として不適当な行為がある場合ですら、同会議の申出に基づかなければ退職させることができないとされ(同法26条)、会員の選任から退職に至るまで、人事の自律性が徹底して保障されてきた。
 日本学術会議の会員人事について自律性を保障する上記の諸規定は、憲法23条の学問の自由及びそれを担保する大学の自治に相当する研究者集団の自律的活動を保障するための規定である。そして、これらの規定によって、日本学術会議は、政治権力などに影響されない独立した活動が保障され、学術及び研究成果に純粋に依拠した政策提言、自由な意見の表明、政府への勧告等が可能となるのである。
 そもそも、日本学術会議法制定当初は、同会議の会員は、科学者による直接選挙で選出するものと定められており、内閣総理大臣の任命行為は予定されていなかった(昭和58年改正前旧法第4章)。その後、昭和58年改正によって、会員の選任方法が日本学術会議による推薦に基づく任命へと変更されたが、同会議の位置づけや活動の独立性は一切変更されておらず、同法17条による内閣総理大臣の任命行為は形式的なものと解釈されている。同改正に係る国会審議においても、内閣総理大臣による会員の任命行為は、同会議の推薦に基づいて行われる形式的なものにすぎず、内閣総理大臣は推薦された候補者を拒否せずそのまま任命する旨の答弁がなされていたところである(昭和58年5月12日参議院文教委員会における中曽根康弘内閣総理大臣及び政府委員答弁ほか)。
 以上からすれば、内閣総理大臣の任命に実質的な判断権限がないことは明白である。
 それにもかかわらず、内閣総理大臣による任命に裁量を認めれば、人事の透明性が確保されないばかりか、政府に批判的な言動を行ってきたとの理由での任命拒否さえも、手続上排除できなくなる。そして、日本学術会議に対する政府の人事介入により、その独立性が損なわれ、法が実現しようとした政治権力などに影響されない自律的活動が保障されない状態となれば、全ての研究者に委縮効果をもたらし、学問の自由自体を侵害することとなる。それは、結果として、わが国の学術と研究の発展に多大な悪影響を及ぼすことを意味しており、学術及び研究の成果を享受する全ての市民にとっても重大な問題である。
 なお、菅総理大臣は、任命拒否の根拠として、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と定める憲法15条を挙げている。しかし、同条は、公務員の選定・罷免の権利が国民主権原理に基づくという参政権の基本理念を定めた規定であり、国民の権利を保障するために国家権力の権限を制約する役割を有する規定の一つである。したがって、同条が、日本学術会議法の規定を超えて、国家権力である内閣総理大臣の権限を拡大する根拠となることはあり得ず、当該条文から内閣総理大臣の個別具体的な任命拒否権を導くことはできない。
 以上、当会は、日本学術会議の独立性保障、ひいては学問の自由を保障する観点から、今回の任命拒否に強く抗議するとともに、すみやかに同会議の推薦のとおり6名の任命を行うように求める。

令和2年12月11日
熊本県弁護士会
会 長 鹿 瀬 島 正 剛