特定商取引法の書面交付の拙速な電子化導入に反対する会長声明
規制改革推進会議成長戦略ワーキング・グループは、2020年11月9日の会議において英会話指導(特定継続的役務提供)をオンラインで契約する場合に特定商取引法上、紙の契約書面等の交付義務があり、オンライン完結契約の実現に支障があるので契約書面等の電子交付を可能とすべき、との問題提起を行った。
ところが、消費者庁は、電子化が消費者に及ぼす影響について十分な検討経過を示すことなくただちに前記会議においてデジタル化を促進する旨を述べ、さらに現在、特定継続的役務提供契約だけでなく、連鎖販売取引や訪問販売など特定商取引法の全取引類型について、一律に書面の電子化を認める方向で検討を進めている。しかも、規制改革推進会議で問題提起されたオンライン契約に限らず、店舗取引や訪問販売などの対面取引による契約についてまで書面の電子交付を認めることを検討している。
消費者庁のこうした対応は、規制改革推進会議の問題提起を超える形で、書面の電子交付の必要性が何ら議論されていない分野にまで率先して電子化を認めようとするものであり、「消費者の利益の擁護」という消費者庁の役割を果たしていないあまりにも拙速な態度というほかない。
そもそも、訪問販売や店舗販売により対面取引で契約を締結する場合は、その場で紙の書面を交付すればよく、電子データの提供を選択する必要性や合理的理由はないはずである。
また、特商法の書面交付義務は、概要書面及び契約書面の記載内容及び記載方法についても具体的に規定しており、クーリング・オフについては、赤字・赤枠・8ポイント以上の活字により、無理由かつ無条件の解除権の要件と効果を具体的に記載しなければならない(特商法施行規則6条等)。これは無理由かつ無条件の解除権が付与されていることを積極的に消費者に告知する機能を確保するものであり、予備知識のない消費者でも、契約書面を開いて一覧すれば、赤字のクーリング・オフの記載を容易に発見できるようにしている。
これに対し、スマートフォン等の画面で契約条項を掲載する場合、表示環境はそれぞれの消費者によって異なることから、全ての書面において8ポイント以上の活字の大きさを確保することが不可能となる。文字を拡大し、スクロールして探さなければ確認できない状態では、クーリング・オフの告知機能を果たしえない。
契約内容を記載した電子データをスマートフォン等の小さな画面で読み取ることは困難であり、対面取引で書面の電子化を認めなければならない積極的な根拠がないのに、契約内容を確認することが難しくなる電子化を一律に認めることは危険である。
ましてや、年間1万件を超える苦情相談が毎年続いている連鎖販売取引について、被害拡大防止の代替措置を検討することなく、書面の電子化を認めることは危険である。
なお、金融商品取引業や電気通信事業や個別信用購入あっせん業は、消費者の事前の承諾による書面の電子化を認めているが、いずれも登録制によって事業活動自体の適正化措置が講じられている。また、契約締結前の書面交付義務を定めている金融商品取引法や電気通信事業法は、契約前書面の交付義務とともに、重要事項説明義務を定めている。特定商取引法の取引類型は、登録制も重要事項説明義務もなく、悪質業者を想定した法規制の分野であり、横並びに扱うことはできない。
さらに、消費者庁は、消費者の事前の承諾があれば書面交付を電子化しても消費者の不利にはならないと考えているようである。しかし、勧誘時に説明されていない不利な事項や予備知識のないクーリング・オフ制度などを消費者に積極的に気付かせて考え直す機会を与えるのが、特商法の書面交付義務の意義であるから、消費者が電子データでも良いと承諾したからと言って、書面交付によって積極的に気付かせる意義を損なうことは正当化されない。
こうした問題点を公開の審議の場で慎重に議論し、トラブルの実態や被害防止措置を検討したうえで判断すべきであり、公開の場での十分な議論なしに拙速に電子化の結論を出すことには強く反対する。
2021年(令和3年)2月22日
熊本県弁護士会
会 長 鹿瀬島 正剛