出入国管理及び難民認定法改正に反対する会長声明
政府は,2021年(令和3年)2月19日,出入国管理及び難民認定法改正案(以下「本法案」という。)を国会に提出した。
本法案は,2019年(令和元年)6月に大村入国管理センターで発生した,長期被収容者の餓死事件の発生を契機に,このような事件の再発防止と入管の長期収容問題解決を念頭にした議論を経て,政府から出された改革案であった。
しかしながら,本法案は,①退去強制拒否罪等の罰則の創設,②難民申請者の強制送還停止の例外の創設,③在留特別許可における原則不許可類型の設定,④仮放免逃亡罪の創設を内容とするところ,全体として外国人や被収容者の人権上重大な問題を抱えている。
以下,上記問題について詳述する。
1 退去強制拒否罪等の創設について
本法案は,退去強制令書の発付を受けた者(被退去強制者)が日本から退去しない行為等に対する刑事罰の創設を内容としている(第72条6号及び8号等)。
しかし,被退去強制者の中には,帰国すると身に危険が及んだり,日本に配偶者や実子等の家族がいたりする等,帰国できない事情を抱える者がいる。
また,退去強制令書の発付の審査は,行政機関内で実施される審査にとどまり,中立公平な司法審査とは異なる手続である。実際に,退去強制令書の発付がなされた後に,在留特別許可に関する司法手続において在留が認められた者が相当数存在する。そのように,在留特別許可の許否について司法による判断もなされていない段階で,刑事罰をもって帰国を強制することは,被退去強制者の裁判を受ける権利を侵害するおそれがある。
さらに,同罪が創設されることで,被退去強制者の家族や,人道上の観点から被退去強制者を支援するNGO等の関係者,ひいては弁護士等の専門家が共犯とされる可能性が否定できず,これらの者による人道的活動や権利保護活動に萎縮的効果が生じるおそれがある。
刑罰を科すことは最終的な手段であり,刑法の謙抑性の観点からも,より制限的でない送還促進措置を先に実施してその効果を検証すべきであり,安易に罰則の要否を検討すべきではない。
2 難民申請者の強制送還停止の例外の創設について
本法案は,難民認定申請が3回に及んだ場合等につき,申請中に本国への送還を禁止する仕組みを廃止し,難民であるか否かを判断している間にも,本国へ送還することを認めている。
しかし,日本が批准した難民条約第33条は,難民をその生命または自由が脅威にさらされるおそれがある国へ追放・送還してはならないとするノン・ルフールマンの原則を採用しており,現行の入管法においても,上記原則から難民申請中の者を退去強制することは認められていないのであって,本例外を定めることは条約に違反するものである。
そもそも,現在行われている初回の難民認定申請の手続が問題なく適正に実施されていると評価することはできない。日本の難民認定率は諸外国と比較すると著しく低く,2019年(令和元年)の難民認定率は0.5%にも満たないものである。
そうであれば,先ずは,難民認定申請の手続の適正化を実施すべきであり,それなくして,再度の難民認定申請者等を難民制度の濫用者等と想定して,送還停止効の例外を創設するのは不当と言わざるを得ない。
3 在留特別許可における原則不許可類型の設定について
本法案は,在留特別許可申請手続を創設し,家族の事情,日本における在留の期間などが積極要素として明記されたものの,他方で,1年を超える実刑の刑事処分を受けた者等は原則として在留特別許可を認めないこととされている。
しかし,刑罰前科の存在は,その内容により消極的な考慮要素の一つとして位置づけることはやむを得ないが,原則的な不許可事由とすべきではない。
4 仮放免逃亡罪の創設について
本法案は,仮放免された者が定められた条件に違反して,逃亡し,または正当な理由なく出頭しない行為に対し,罰則を設けようとするものである(第72条7号)。
しかし,国が退去強制事由に該当すると思料されるものについて全件収容をして退去強制手続を進める「全件収容主義」を取っていること自体が問題であり,これが改められて収容が最終的な手段になるとすれば,逃亡や不出頭は限定的なものになるはずであり,そのような措置を取ることなく罰則を創設することは,刑法の謙抑性の見地から問題である。
また,被仮放免者が仮に逃亡した場合,仮放免許可申請にかかわった支援者や弁護士が共犯として罪に問われかねないという,上記1と同様の危険がある。
5 まとめ
以上から,当会は,①退去強制拒否罪等の罰則の創設,②難民申請者の強制送還停止の例外の創設,③在留特別許可における原則不許可類型の設定,④仮放免逃亡罪の創設を内容とする本法案に強く反対する。
熊本県弁護士会
会長 原 彰宏