少年法改正案に反対する会長声明
1 はじめに
法制審議会少年法・刑事法部会(少年年齢・犯罪者処遇関係)(以下「法制審議会」という)は、少年法の適用対象年齢を現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることの是非を検討し、令和2年(2020年)10月29日、法務大臣への答申(以下「本件答申」という)を行った。
本件答申を受け、令和3年(2021年)2月19日、政府は、「少年法等の一部を改正する法律案」(以下「本改正法案」という)を第204回通常国会に提出し、審議がされている。
本件答申では、18歳及び19歳の者が「類型的に未だ十分に成熟しておらず、成長発達途上にあって可塑性を有する存在である」ことを確認した上で、「刑事司法制度において20歳以上の者とは異なる取扱いをすべき」とし、本改正法案においても、18歳及び19歳の者を少年法の適用対象とした点は、評価できる。
しかしながら、以下に述べるとおり、本改正法案の内容は、18歳及び19歳の者を18歳未満の少年と別異に扱い、現行少年法1条に定める健全育成の理念に反し、18歳及び19歳の者の更生の機会を阻害するものであり、問題があることから、当会は本改正案に反対する。
2 本改正法案の問題点
? 「原則逆送」対象事件の拡大
本改正法案は、行為時に18歳及び19歳の者について、いわゆる「原則逆送」とする事件の対象に「短期1年以上の刑の罪に当たる事件」を追加するとしている。
本改正法案で拡大される事件類型は、強盗罪など犯情の幅が極めて広いものが含まれている。かかる事件類型について、現行少年法では家庭裁判所が、当該18歳及び19歳の者の犯行に至る経緯、動機、態様、結果、育成歴、養育環境及び本人の資質上の問題点等に関する家庭裁判所調査官及び少年鑑別所の鑑別結果さらには付添人の意見を踏まえて、当該18歳及び19歳の者に対して、保護観察処分あるいは試験観察処分あるいは少年院送致処分等の適切な処遇を選択して更生につなげてきたのである。
にもかかわらず、本改正法案では、逆送後の18歳及び19歳の者に対して、適切な指導や環境の調整など更生の機会を保障する規定は存在しない。
そのため、生育歴や家庭環境や本人の資質などから要保護性の高い18歳及び19歳の者が、本人の問題点等について何らの手当もされないまま社会復帰してしまい、本人の更生の機会を奪うだけでなく、再犯防止の観点からも逆効果である。
このように、「原則逆送」対象事件の拡大は、結果として、18歳及び19歳の者の更生の機会を奪うことになる上、再犯防止の観点からも逆効果であり、「類型的に未だ十分に成熟しておらず、成長発達途上にあって可塑性を有する存在」の健全育成という少年法の理念との乖離も甚だしいことから、到底是認することができない。
? 推知報道禁止の解除
本改正法案は、18歳及び19歳の者が「犯した罪により公判を提起された場合」には、「氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知できるような記事又は写真」の掲載禁止(いわゆる推知報道の禁止)が及ばないとしている。
しかしながら、現行少年法61条は、少年及びその家族の名誉・プライバシーを保護することにより、そのことを通じて過ちを犯した少年の更生を図ろうとするものであり、極めて重要な機能を果たしている。
特に、近時のインターネットの普及・発達により、いったん推知報道の内容がインターネット上で取り上げられれば、当該情報が半永久的に残り続け、本人や家族の生活に多大な支障を生じかねない。
推知報道禁止の解除は、当該18歳及び19歳の者に犯罪者の烙印を半永久的に押し続ける結果となりかねず、本人の更生意欲や本人に寄り添う家族等にも深刻な影響を与えるおそれが大きく、本人の更生の機会を奪うことから、少年法の理念に反することが明らかである。
したがって、推知報道禁止の解除は、到底是認することができない。
? 18歳及び19歳の者に対する家庭裁判所の処分に関し、犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲で行わなければならないとされていること
本改正法案では、18歳及び19歳の者に対する家庭裁判所の保護処分に関し、犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲で行わなければならないとされている。
しかしながら、18歳及び19歳の者が「類型的に未だ十分に成熟しておらず、成長発達途上にあって可塑性を有する存在である」ならば、現行少年法の保護処分と同様、少年法の理念である「健全育成」を目的とした要保護性に応じた処分がなされるべきである。
にもかかわらず、本改正法案は、家庭裁判所の処分を「犯情の軽重」によってその上限を画することで、実質を刑法的な行為責任に応じた処罰としている点で、当該18歳及び19歳の者の犯行に至る経緯、動機、態様、結果、育成歴、養育環境及び本人の資質上の問題点等に関する家庭裁判所調査官及び少年鑑別所の鑑別結果さらには付添人の意見を踏まえた個別具体的な家庭裁判所の少年への適切な処遇選択を妨げることになりかねず、18歳及び19歳の者に対する更生の機会を奪うおそれがある。
したがって、18歳及び19歳の者に対する家庭裁判所の処分に関し、犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲で行わなければならないとされていることは、到底是認することができない。
3 おわりに
以上のとおり、本改正法案には、18歳及び19歳の者に対して、更生の機会を阻害する内容が含まれており、到底是認することができない。
当会は、18歳及び19歳の者に対しても、少年法の理念である「少年の健全な育成」(現行少年法1条)が達成される少年法制が維持されるよう、本改正法案に反対の意思を表明する次第である。
熊本県弁護士会
会長 原 彰 宏