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岡口裁判官の罷免訴追に関して慎重な審理を求める意見書

2022.06.15

意見の趣旨

岡口基一裁判官の罷免訴追にあたって,慎重な審理をすることを求める。

意見の理由

 2021(令和3)年6月16日,裁判官訴追委員会は,岡口基一仙台高等裁判所判事(以下「岡口裁判官」という。)を裁判官弾劾裁判所に罷免訴追した(以下「本件訴追」という)。
 本件訴追の理由は,岡口裁判官が,自らは担当していない特定の裁判事案について,自らが裁判官であることを他者から認識できる状態で行った,SNS等への投稿や発言が,裁判官弾劾法の定める「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき。」に該当するというものである。
 2022(令和4)年3月2日,裁判官弾劾裁判所において本件訴追についての第1回期日が開かれており,今後,審理が続行されていく予定である。

 日本国憲法は,裁判官の身分保障を通じて司法権の独立を図るため,「裁判官は,裁判により,心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては,公の弾劾によらなければ罷免されない。」としている(憲法78条)。かかる憲法上の要請を受け,裁判官の弾劾事由を定めた裁判官弾劾法2条は,「弾劾により裁判官を罷免するのは,左の場合とする。1 職務上の義務に著しく違反し,又は職務を甚だしく怠つたとき。2 その他職務の内外を問わず,裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき。」とし,弾劾罷免の事由を厳格に限定している。
 裁判官の弾劾は,裁判官の身分を奪う処分であるにとどまらずその法曹資格までを失わせるものであり,当該裁判官にとって過酷なものである。憲法が裁判官の身分保障を厳格に定めている趣旨に照らせば,「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当するかについては十分に審理を尽くして慎重に判断すべきである。
 過去に弾劾裁判により裁判官が罷免された事例は,収賄,公務員職権濫用,児童買春,ストーカー行為,盗撮などの行為を裁判官が行った事例であり,その訴追対象行為は,いずれも犯罪行為か,犯罪行為に準ずる重大な違法行為である。
 本件訴追対象行為には,その一部に不適切と評価されうる行為も含まれるが,いずれの対象行為も犯罪行為や犯罪行為に準ずる重大な違法行為とはいえない。
 また,本件訴追対象行為は,裁判官の私的な表現行為を対象とするものである。憲法が保障する表現の自由(憲法21条)は,基本的人権のうちでもとりわけ重要なものである。裁判官は一般国民とは異なる職務上の制約に服するとはいえ,裁判官にも表現の自由は保障されている。SNS等での私的な表現行為を訴追事由とし,弾劾罷免という結果に至るとすれば,自由な発言・発信を控えがちな日本の裁判官の表現行為がさらに萎縮してしまうおそれさえある。

 以上のように,憲法及び裁判官弾劾法が弾劾罷免とする場合に厳格な要件を課していること,過去の弾劾裁判の事例との均衡を図るべきこと,本件訴追が裁判官の表現の自由にも関わっていることを本件訴追についての審理の際には十分に考慮すべきである。
 よって,当会は,裁判官弾劾裁判所に対し,岡口裁判官の弾劾罷免の訴追について,慎重な審理をすることを求める。

2022(令和4)年6月15日
熊本県弁護士会
会長 福岡聰一郎