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安倍元総理の「国葬」の撤回を求める会長声明

2022.09.21

1 政府は、令和4年7月22日の閣議で安倍晋三元内閣総理大臣(以下「安倍元総理」という。)の「国葬」を令和4年9月27日に実施し、費用を全額国費から支出することを決定した。
 しかし、安倍元総理の「国葬」には、以下に示す通り、憲法上重大な懸念がある。
2 第一に、法的根拠が不明確である。
 明治憲法下においては、天皇の勅令である「国葬令」に基づき「国葬」が行われていたが、「国葬令」は「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」第1条に基づき1947年12月31日をもって失効している。
 1967年に吉田茂元首相の「国葬」が実施された際には、大蔵大臣が国葬に法令の根拠はない旨の答弁を行った。1975年に佐藤栄作元首相の「国葬」が検討された際には、法的根拠が明確でない旨の内閣法制局の見解が示された。
 今回、政府は、内閣府設置法第4条第3項第33号の「国の儀式」として閣議決定することで「国葬」が実施可能との見解を示しているが、内閣府設置法は内閣府の行う所掌事務を定めたものにすぎず、同号を「国葬」の法的根拠とすることは疑問がある。
 上記のとおり国葬令が効力を失っていること、その後「国葬」について定める法律が制定されてこなかったこと、「国葬」が国民の信教の自由や思想信条の自由を侵害する可能性を孕むものであること、「国葬」には国費が支出されるところ、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない。」(憲法83条)とされていることなどに鑑みれば、そもそも我が国において「国葬」を行うべきか否か、行うべき場合があるとして、どのような人物をどのような場合に「国葬」にするのか、「国葬」はどのような形式で行うのか、「国葬」にあたって国民にどのような協力が求められるのか、あるいは求められないのかなどについて国会での議論を経るべきであり、「国葬」を実施するのであればこれらを法律で定めるべきである。また、憲法第87条は予備費について定めているが、予備費は緊急を要する予見し難い予算の不足に充てるための例外的措置であって、あらたに経費が必要になった場合には国会の審議を経て補正予算を組むのが本来である。そして、「国葬」の費用について国会の審議を経て補正予算を組むのではなく予備費をもって充てるべき緊急性があるとは考え難い。
 これらを経ることなく、「国の儀式」として閣議決定することにより「国葬」を実施することは、法的根拠が不明確であり、法の支配、三権分立、立憲主義、財政民主主義の観点から疑問がある。
3 第二に、国民の思想信条の自由(憲法第19条)及び信教の自由(憲法第20条)を侵害する恐れがある。
 政府は、「国葬」にあたって、官公庁や企業の休業、学校の休校等は求めず、弔意表明の協力は求めない方針であるとのことである。
 しかし、吉田茂元首相の「国葬」の際には、テレビ・ラジオでの娯楽番組の放送中止、学校や職場での黙とうの要請などの事案が発生したほか、全国各地でサイレンが鳴らされ、自衛隊の儀仗隊による弔砲の発射等が行われたとのことある。また、7月の安倍元首相の通夜と葬儀の際でさえ、一部の教育委員会が半旗掲揚を学校に要請したとの報道もなされている。
 また、岸田首相は、「国葬」について、国の公式行事として、故人に対する敬意と弔意を国全体として表す儀式である旨を発言している。そうすると、「国葬」が実施されることとなれば、公的機関や民間機関に対し、直接的な弔意表明の要請がなくとも、国全体としての方針に従うよう同調圧力がかかったり、自粛の名のもとに娯楽番組の放送が差し控えらたりするなどの有形無形の圧力が加えられる可能性は非常に高い。さらに、学校において弔意を示すことになれば、人格未成熟な児童・生徒に対し特定の価値観を刷り込むことになる恐れも否定できない。
 また、人の死を悼む行為は宗教的行為と親和性が非常に高く、「国葬」もその実施方法によっては国民の信教の自由が侵害される事態となる可能性も否定できない。それらの点で思想信条の自由を侵害する恐れがある。
4 第三に、法の下の平等に反する恐れがある。
 岸田首相は、令和4年7月14日の記者会見で、「国葬」の理由として、安倍元総理の首相在任期間が憲政史上最長となること、選挙運動中の死であったこと、内政・外交の実績、国際社会からの評価や弔意が示されていることなどを理由に挙げた。
 しかし、首相在任期間の長短は首相としての実績の大小に直結するものではないし、選挙運動中の死であったことも、事件後の報道等によれば犯人の意図は民主主義に対する攻撃とは別のところにあった模様であり、「国葬」を行う根拠となりうるか疑問である。また、安倍元総理の首相在任中の実績に対する評価についても、かならずしも国民の間で定まっているともいいがたい。
 そのような中で、安倍元総理についてだけ「国葬」を実施するべきことは、憲法第14条が定める法の下の平等に反するおそれがある。
5 以上の理由から、当会は、安倍元総理に対する「国葬」の撤回を求めるものである。

2022年(令和4年)9月21日
熊本県弁護士会
会長 福岡聰一郎