元技能実習生の孤立死産事件における最高裁判決に関する会長談話
2023年3月24日、最高裁判所第二小法廷(草野耕一裁判長)は、ベトナム国籍の元技能実習生レー・ティ・トィ・リンさん(以下、「リンさん」という。)に対する死体遺棄被告事件について、有罪とした二審の福岡高等裁判所判決及び一審の熊本地方裁判所判決を破棄した上、無罪とする判決を言い渡した(以下、「本判決」という。)。リンさんは、技能実習生として熊本県内の農園で働いている期間中に妊娠したものの、実習先に妊娠したことがわかれば技能実習を中止され帰国させられることをおそれて妊娠の事実を誰にも告げることができないまま、双子の子を早産で孤立出産し、死産となった。リンさんは、双子の遺体をタオルで包み、我が子の名前やお詫びの言葉、「天国でゆっくり休んでください」とのメッセージを書いた手紙を同封した上で段ボールに入れて封をして自室のキャビネットの上に置いて一晩を過ごし、翌日、病院の医師に死産を告白したものであるが、本件では、死産当日のリンさんの行為が死体遺棄罪にあたるとして起訴された。一審及び二審は、いずれもリンさんを有罪としていたが、最高裁は、『習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為が死体遺棄罪の「遺棄」に当たると解するのが相当であ』り、「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては『その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある』とした上で、リンさんの行為態様は「遺棄」にあたらず、一審及び二審の各判決が「遺棄」についての解釈を誤り、法令違反及び重大な事実誤認をしたとして、『破棄しなければ著しく正義に反する』ことを理由に、無罪を言い渡した。
妊娠を誰にも明かすことなく自宅等で出産する孤立出産や自宅での流産・死産のケースにおいて、女性が死体遺棄罪等の罪で逮捕される事例は頻発している。本判決が、孤立出産や誰にでも起こりうる自宅での流産・死産の現場を捜査の端緒として扱い、出産間もない女性を身体拘束してきた捜査実務に対し、一定の抑制をかけるものになると期待したい。
そして、リンさんが陥った孤立出産の背景の一つには、技能実習制度そのものの問題が存在する。
技能実習制度は、開発途上地域等へ日本の技術等を移転することにより国際貢献を果たすという制度趣旨とは裏腹に、現実には日本の労働者不足を補うための労働者受入れ制度として利用されてきた実態がある。この技能実習制度においても、妊娠した技能実習生を不利益に扱うことは、労働関係法令によって禁止されているが、実際には、強制帰国や解雇、妊娠を理由とする退職勧奨の事案が発生し、問題視されているところである。令和4年12月に公表された出入国在留管理庁の調査では、回答のあった技能実習生の26.5%が「妊娠したら仕事を辞めてもらう(帰国してもらう)」という不適正な内容のことを送出機関や監理団体から告げられているとの報告がなされており、本件はまさにこのような妊娠した技能実習生を取り巻く環境の過酷さが背景にあるといえる。
このような背景の中で、本来であれば祝福されるべき妊娠した女性が、孤立出産へと追い込まれ、死体遺棄罪等の罪で逮捕される現状を前にして、当会は、本判決を高く評価するとともに、孤立へと追い込まない社会づくりへの取組みの必要性を痛感するものである。
折しも、技能実習制度については、政府において、昨年11月、「外国人材の受入・共生に関する関係閣僚会議」の下に「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」が設置され、技能実習制度の存続や再編の可否を含む具体的な制度の在り方の検討が行われている最中である。
当会は、国に対し、本件のような痛ましい事案の再発を防止するためにも、制度廃止を含めた技能実習制度の抜本的改革を求め、新たな制度の在り方として、外国人労働者に対する妊娠等を理由とした不利益取扱いの禁止を徹底するとともに、転職の自由を認め、高額な手数料を求めるブローカーを排除し、来日した全ての外国人労働者が、孤立することなく活き活きと働きながら生活できる制度づくりを行うことなどを、改めて求める。
熊本県弁護士会
会長 福岡 聰一郎