オンライン接見の法制度化を求める会長声明
1 法務省の「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」が作成した刑事手続のIT化に関する報告書(令和4年3月15日付)の内容を踏まえ、現在、法制審議会の刑事法(情報通信技術関係)部会(以下「部会」という。)において刑事手続のIT化全般に関する検討が進められている。部会では、被疑者・被告人との「ビデオリンク方式」(対面していない者との間で映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話することができる方法)による接見(電子データ化された書類の授受を含む。以下「オンライン接見」という。)を刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)39条1項の接見として位置付けることが検討されている。
2 身体の拘束を受けている被疑者・被告人にとって、刑事施設・留置施設が弁護人等の法律事務所から遠く離れている場合等を含め、身体拘束の当初から弁護人等の援助を受けることは重要な権利である。憲法34条前段は弁護人の援助を受ける権利を定め、これを受け刑訴法39条1項は弁護人が被疑者・被告人と立会人なく面会し、書類の授受をすることができるとする接見交通権を定めている。
現代のIT化社会では、弁護人が被疑者・被告人とビデオ会議システムを用いて対面することも現実的な手段であり、オンライン接見も刑訴法39条1項の接見交通権の行使に含まれるものと解するべきである。
3 特に、身体を拘束された被疑者にとって、捜査機関の取調べを受けるに当たって、専門家たる弁護士からの助言を得る最初の機会である初回接見は、憲法上の保障の出発点を成すものであるから、速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために重要である。現在、我が国では逮捕段階における公的弁護制度が創設されていないことから、被疑者は身体を拘束された直後の重要な時期に弁護人の助言を受けられず、虚偽自白や冤罪の危険に曝されるという重大な防御上の不利益を被っている。
したがって、逮捕段階においては特に、身体を拘束された被疑者が地理的要因等に阻害されることなく速やかに弁護人もしくは弁護人となろうとする者から助言を受ける必要性が高く、オンライン接見は極めて重要な意義を有する。
また、公訴提起後に被告人が遠隔地所在の刑事施設に移動するケースもある。公判請求後も身体拘束が継続する場合、地理的要因が充実した公判準備の妨げになることがあってはならない。
このように、捜査・公判段階を問わず被疑者・被告人の権利保障を充実させるため、遠隔地に所在する留置施設等と本庁の刑事施設等を相互に管轄の別なく接続する必要が極めて高い。
4 当会では、以下のようなオンライン接見制度創設を基礎づける具体的事情がある。
熊本地裁天草支部管内や人吉支部管内に事務所が所在する当会会員の人数は限られており(天草支部管内5名、人吉支部管内3名)、熊本地裁本庁管内に事務所が所在する当会会員が国選弁護人として選任され弁護活動をする事案が相当数に上る。
本庁管内の当会会員が接見に赴く場合、天草支部管内の留置施設までの往復移動時間は約4時間(距離にして往復170キロメートル前後)、人吉支部管内の留置施設までの往復移動時間約3時間(高速道路を使用した場合。距離にして往復180キロメートル前後)であり、十分な接見機会を確保することが容易ではない。
また、熊本県内における裁判員裁判は全件熊本地方裁判所本庁において審理されるところ、支部の会員が弁護人に選任された場合、公訴提起後に本庁管内の拘置支所に収容されるといった場合にも顕在化する。
他方、熊本県内では電話接見等の制度も準備されているが、これでは不十分である。公訴提起後に証拠内容の検討などをする場合には、被告人と証拠の内容を突き合わせ、争点等につき十分な意見交換を交わすことが必要であるが、電話接見のみではこれが困難である。高齢であったり障がいを抱える被告人の場合、そもそも電話のみでの意思の疎通自体が相当困難となる。
5 部会においては、捜査機関側から、オンライン接見について、実施設備に伴う人的・経済的コストの負担や、なりすまし等の危険等が指摘されている。
しかし、新たな設備の整備等に伴い人的・経済的コストが増えるのは令状手続のオンライン化をはじめとする刑事手続のIT化全般に言えることであり、捜査機関の利便に資する制度では克服されるのに被疑者・被告人側の防御上の制度の局面では問題視されるのは全くもって説得的ではない。部会では、取調べ、弁解録取、勾留質問等をオンラインで行うことが具体的に検討されているが、それが可能なのであればオンライン接見も可能なはずである。捜査機関の利便性のみではなく被疑者・被告人の人権保障を最大限に拡充する観点でも人的物的対応体制・予算措置の拡充の議論が尽くされなければならない。
また、アクセスポイント方式を採用した現行の電話連絡制度や電話による外部交通制度において、例えば第三者が弁護人になりすましたり、罪証隠滅を図ったという事例は報告されていない。現代のITの進歩は目覚ましく、こうした弊害を除去するための現実的な措置は、アクセスポイント方式を例として、十分に存在しているといえる。なお、オンライン接見の制度化に際して、秘密交通権の保障のない制度とすることは、憲法で保障する被疑者・被告人の弁護人の援助を受ける権利を没却するものであり、許されない。オンライン接見であっても弁護人との秘密交通権が保障された秘密接見でなければならない。
6 刑事手続のIT化の議論は、何よりも被疑者・被告人の人権保障を拡充するという観点で進められるべきである。当会は、法制審議会にて更に具体的な議論が尽くされ、オンライン接見が実現されることを強く要望する。
熊本県弁護士会
会長 渡辺 裕介