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健康保険証を廃止しマイナンバーカードでの被保険者資格の確認(マイナ保険証)に一本化する政府方針に反対する会長声明

2024.09.13

第1 はじめに
 政府は、令和6年(2024年)12月2日をもって現行の紙(プラスチック)製の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに保険証機能を持たせたいわゆる「マイナ保険証」へと、原則一本化することを閣議決定した。
 しかし、現行の健康保険証制度を廃止しマイナ保険証へ一本化することは、国民のプライバシー権を侵害するおそれがあることに加えて、保険医療を受ける権利を後退させる懸念がある。また、高齢者や障害者については、上記権利侵害の懸念が特に強いことからも、当会としては、政府に対し、マイナ保険証への原則一本化を撤回し、現行の保険証の発行を存続させることを求めるものである。

第2 国民のプライバシー権の侵害のおそれについて
 1 プライバシー権について
 現代のように高度な情報化社会においては、憲法13条が保障するプライバシーの権利の一内容として、「個人に関わる情報について、同意のないまま収集・保管・開示されないこと、取得した目的以外に使用されないことの保障」を内容とした自己情報コントロール権も保障されている。
 2 マイナ保険証への原則一本化が上記権利を侵害する恐れがあること
  (1)事実上、マイナンバーカードの取得を強制するものであること
 そもそも、マイナンバーカードの取得にあたっては、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(いわゆるマイナンバー法)第17第1項において、申請主義をとっている(任意取得の原則)ところ、わが国における保険制度は、国民皆保険であることから、マイナ保険証への一本化は、事実上、国民に対してマイナンバーカード取得を強制するものである。
 すなわち、国民は、上記の申請主義からすれば、マイナンバーカード取得により得られる個人情報へのアクセスの利便性とプライバシー侵害等に対する危険性とを比較衡量して、マイナンバーカードを取得するか否かを判断する自由を有しているところ、保険医療を受けるためには原則としてマイナ保険証を取得する必要があるため、事実上マイナンバーカードの取得が強制されることとなる。このようなマイナンバーカードの取得を事実上強制することとなる制度設計は、自己の情報へのアクセスへの許諾に関する意思決定の機会を損なわせるものであり、自己情報コントロール権を制約する危険性を有している。
 また、現行の健康保険証が廃止された後、マイナンバーカードを取得していない者に対しては、代替手段として資格確認書が発行されることとなったものの、発行の要件については、令和6年(2024年)12月2日施行予定の健康保険法(大正11年法律第70号)第51条の3において、「被保険者又はその被扶養者が電子資格確認を受けることができない状況にあるとき」と抽象的な要件を定めているにすぎない。当面の間の経過措置としては、マイナンバーカードを取得していない者全員に対し資格確認書が交付される予定であるものの、経過措置を取りやめることで、政府が容易に資格確認書の発行を例外的な措置と位置付けることができることから、資格確認書を当面の間発行するという手段をもって、マイナ保険証への原則一本化による上記危険性を排斥することはできない。
  (2)マイナ保険証を使用して包括的なデータへのアクセスが可能となることに関する問題点
 マイナ保険証には、健康保険証の機能のみならず、当該被保険者の診療・薬剤情報、特定健診情報等へのアクセス機能も結合される予定である。マイナンバーカードの多目的な利用を推し進める中で、多様な情報へのアクセスが容易となる一方、マイナンバーカードを取得することで、第三者による不当な閲覧による悪用の危険性が増加していることは否定できない状況である。
特に、高齢者や障害者については、カードやパスワードの管理が困難であり、他者による管理が求められることからも、情報漏洩の危険性が強く認められる。
  (3)自己情報コントロールに関する制度設計の不備について
マイナ保険証への移行に伴い、医療機関・薬局においては、患者の同意のもと、「薬剤情報・特定健診等情報」に加えて、受診歴や手術情報も含む診療実績などの「診療情報」の閲覧が可能となる。
しかし、診療情報の提供については、受診の際に、タッチパネルで「同意」のボタンをタップすることで、情報提供の同意確認が行われており、当該同意により、医療機関や薬局は、一律に過去3年分の包括的な診療情報の閲覧が可能となる。
病歴・治療歴等プライバシーの秘匿性の高い情報について、個人に提供範囲を選択する権利がなく、一律に開示を可能とする制度設計であることや、高齢者や障害者については、実質的同意を得られず、同意が形骸化すると考えられることからすれば、マイナ保険証を利用して、一律に診療情報の取得を可能とすることは、自己情報コントロール権を侵害する危険性が大きいといえる。
 3 小括
 以上のとおり、マイナ保険証への原則一本化とそれに伴う個人情報の取得に関する制度設計は、国民のプライバシー権を侵害する危険性を有するものである。

第3 高齢者や障害者の保険医療を受ける権利を後退させることについて
 1 マイナ保険証の取得、管理に関する問題点
 現行の紙(プラスチック)製健康保険証の取得に際しては、特段の申請行為は不要であるものの、マイナンバーカードの取得にあたっては、被保険者が市役所等に出向いてマイナンバーカードの交付を申請し、パスワード等の登録を行う必要がある。また、マイナ保険証に使用する電子証明については、一定期間ごとに更新手続も必要となる。
高齢者や障害者に対して、マイナンバーカードの申請や電子証明の更新を求めるとすれば、本人のみならず、医療機関、介護施設、成年後見人といった関係者に対して過度な負担を強いることとなる。
 また、マイナンバーカードは、個人情報へのアクセスを容易にする反面、その管理については慎重になされる必要があるところ、本人でのマイナンバーカード管理が困難な状況では、事実上、医療機関、介護施設、成年後見人等がマイナンバーカードの管理を行わざるを得ない状況であるが、これらの者が個別にマイナンバーカードの管理対応を行うことは困難である。
 2 小括
今後、資格確認証が廃止され、マイナ保険証に一本化された場合には、上記の理由から高齢者や障害者がマイナ保険証を事実上取得できず、保険医療を受けられない状況となる可能性があり、マイナ保険証への原則一本化は、高齢者や障害者の保険医療へのアクセス権を後退させる危険性を有している。

第4 結語
 以上の理由から、当会としては、政府に対し、マイナ保険証への原則一本化を撤回し、現行の健康保険証の発行の存続を求めるものである。 

2024(令和6)年9月11日
熊本県弁護士会
会 長 河 津 典 和