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応急仮設住宅(賃貸型応急住宅)の供与期間の見直しを求める会長声明

2025.09.09

第1 声明の趣旨
1 被災時の居住形態を理由とした差の解消を求める件
 熊本県及び熊本市は、令和7年8月6日からの低気圧と前線による大雨に伴う災害(以下「令和7年8月豪雨災害」という。)の被災者に対する応急仮設住宅(賃貸型応急住宅)の供与期間(入居期間)に関し、被災時の居住形態を理由として、供与期間に差を設ける取扱いを早急に是正すべきである。

2 供与期間を6か月とする運用を早急に改めることを求める件
 熊本市は、令和7年8月豪雨災害の被災者に対する応急仮設住宅(賃貸型応急住宅)の供与期間(入居期間)のうち、被災時に「民間賃貸住宅」や「公営住宅」に居住していた被災者への供与期間を6か月とする運用を早急に改めるべきである。


第2 声明の理由
1 令和7年8月豪雨に係る応急仮設住宅(賃貸型応急住宅)に関する熊本県及び熊本市の運用
 ⑴ 熊本県は、熊本県賃貸型応急住宅実施要綱別紙及び同事務処理要領第9において、賃貸型応急住宅の供与期間(入居期間)について、被災時の住家が「持家」であった者については、「入居の日から2年以内とする」と定める一方、元の住家が「借家」又は「公営住宅」に入居していた者については、「入居の日から1年以内とする。ただし、被災状況を踏まえ、新たな借家を探すことが困難な場合については、県と市町村の協議の上、期間の延長を行うこと。(最長2年以内とすること。)」と定めている。
 ⑵ 熊本市は、令和7年(2025年)9月5日付令和7年8月豪雨災害によってお住まいに被害を受けられた皆さまへ(ご案内)において、被災時の住家が「持家」であった者については、熊本県と同様、供与期間(入居期間)を「2年以内」とする一方、元の住家が「民間賃貸住宅」や「公営住宅」の者に対しては、「6か月以内」とし、期間の延長に関する記載はない。

2 災害救助法及び災害救助法施行細則
 災害救助法は、応急仮設住宅の供与を救助の種類の一つとして規定しているが(同法4条1項1号)、被災時の居住形態を理由として、供与期間に差を設ける規定は存在しない。
 また、熊本県及び熊本市が定める「災害救助法施行細則」においても、借上型(賃貸型)応急住宅の供与期間は、「ア(カ)(建設型応急住宅)と同様の期間とする」(別表第1第1項(2)イ(ウ))と規定されているのみで、被災時の居住形態を理由として、供与期間に差を設ける規定は存在しない。

3 住居の確保は、基本的人権の保障に関わる重要な問題であること
 災害で突然住む場所を失った被災者にとって、住居の確保は生命及び身体の安全の確保のためはもとより、個人の尊厳の確保や健康で文化的な最低限度の生活を営むために必須のものであり、基本的人権の保障に関わる重要な問題である。

4 応急仮設住宅が、被災者の生活再建の土台となる場所であること
 応急仮設住宅は、それまで避難所等の不安定な環境下における避難を余儀なくされていた被災者にとって、被災後初めて一定程度の安定を手にする極めて重要な場所であり、被災の傷や疲れを癒すとともに、被災地の復旧復興計画を踏まえつつ、今後の恒久的な住まいをどの地域に、どのような形態で、どこに確保するかを検討・決定するのに必要な生活再建の土台である。

5 被災者の生活再建に至る方法及び要する期間は、被災者一人ひとりで異なること
 被災者が、応急仮設住宅後の恒久的な住まいを検討する際には、どのような形態で、どこに確保するかを、職場や学校との位置関係や交通手段、町の復旧復興計画の見込み、当該住宅を確保し、住み続けるために必要となる費用等を多角的に検討する必要がある。被災者が抱える課題は、被災者一人ひとりによって異なるので、恒久的な住まいの決定に要する期間は、被災者一人ひとりで異なることになる。

6 熊本県及び熊本市が、被災時の居住形態を理由として、供与期間に差を設けることに合理的な理由はなく、「自己決定権」(憲法13条)及び「法の下の平等」(憲法14条1項)に違反するおそれがあること
 ⑴ 熊本県及び熊本市は、令和7年7月に改定された「災害救助事務取扱要領(内閣府)」に、「被災自治体の判断により、被災前の住家が『借家』や『公営住宅』である被災者に対する応急仮設住宅の供与期間について、被災前の住家が『持家』である被災者のそれより短く設定することも可能である。ただし、その場合には、当該供与期間内に代替となる新たな借家を探すことが困難であるなどの場合には、被災自治体の判断により、供与期間を最長2年まで延長できることとする必要がある。」と記載されていることを、一つの根拠として、供与期間に差を設けていると考えられる。
 そして、その背景には、「元々『持家』であった者は、持家を修理したり、建て替えたりするには、2年間という期間が必要であるのに対し、元々『借家』であった者は、それよりも短い期間で新しい賃借物件を探すことが可能であるから」という考えが存在すると推察される。
 ⑵ しかしながら、この考えによれば、元々「持家」であった者は「持家」で生活を再建し、元々「借家」だった者は「借家」で生活を再建することを前提としていることになるがそうとは限らないし、応急仮設住宅後の恒久的な住まいをどのような形態で、どこに定めるかを決めるのは、被災者自身であり、国や自治体が決定する問題ではない。国や自治体が、被災者の生活再建の方法を決定することは、被災者の「自己決定権」(憲法13条)を侵害するおそれさえある。
 また、被災者が、被災時の居住形態と同じ形態での生活再建を選択するとした場合にも、被災者が抱える課題は、被災者一人ひとりによって異なる以上、「持家」による生活再建に要する期間に比して、「借家」による生活再建に要する期間が短いと一律に断ずることはできない。
 ⑶ 応急仮設住宅供与の根拠法である災害救助法には、被災時の居住形態を理由として供与期間に差を設ける規定は存在しないことに加え、「災害救助事務取扱要領(内閣府)」も、災害救助法の基本原則の第一原則として、「平等の原則」(現に救助を要する被災者に対しては、事情の如何を問わず、また経済的な要件を問わずに、等しく救助の手を差しのべなければならない。)を掲げている。
 被災時の居住形態を理由として供与期間に差を設けることは、この「平等の原則」に抵触する。
 ⑷ さらに、災害救助法は、令和7年6月4日に改正され、新たに「福祉サービス」(同法4条1項6号)を救助の種類に追加した。その追加規定を受けて、「災害救助事務取扱要領(内閣府)」には、「関係市町村と連携を密にし、応急仮設住宅入居者に対し、保健・医療・福祉、住宅・就職相談等、各種行政サービスが提供されるよう配慮すること」「被災者によっては精神的な打撃のため要望等が顕在化しない事例も予想されることから、民生委員、保健師、その他各種行政相談員の訪問等により生活面や保健、医療面でのニーズの積極的な把握に努めること」と記載されている。
 保健・医療・福祉等の行政サービスは、きめ細やかに、かつ継続的に行われることが予定されているにも関わらず、元々「借家」だった者に対する供与期間(入居期間)を元々「持家」だった者よりも短縮するということになれば、本来平等に受けられるべき「福祉サービス」にも差が生まれることになり、不合理である。
 ⑸ 以上より、熊本県及び熊本市が、被災時の居住形態を理由として供与期間に差を設けることは、不合理な差別であり、災害救助法の趣旨に反し、憲法の定める「自己決定権」(13条)及び「法の下の平等」(14条1項)に反するおそれがある。

7 熊本市が、元々「借家」だった者に対して、熊本県よりもさらに供与期間(入居期間)を短縮していることに全く合理性はないこと
 ⑴ 熊本市は、元々「借家」だった者に対する供与期間(入居期間)を、熊本県に比べ更に短く「6か月以内」としているが、その差を設けた理由は、「熊本市は、熊本県内のその他の市町村に比べ、賃借物件が多数存在するから、他の市町村よりも短い期間で足りる。」との考えに基づくと推察される。
 ⑵ しかしながら、前述したとおり、被災者が生活再建の場所をどこに確保するかについては、職場や学校との位置関係や交通手段、町の復旧復興計画の見込み、当該住宅を確保し、住み続けるために必要となる費用等を多角的に検討した上で、被災者自身が決定すべきことである。
 例えば、賃借物件についても、熊本市内であればどこでも良いと考える被災者もいれば、子どもの転校を避けるために同じ校区内に探すことを切望する者もいるであろう。
 かかる被災者一人ひとりの生活再建にかける思いを尊重せず、熊本市内全体の賃借物件数だけを基準に、熊本県のその他の市町村よりも期間を短縮することに合理性は全くない。
 ⑶ さらに、熊本市が被災者に渡している案内文には、期間の延長に関する記載はなく、万が一、期間の延長を認めないということであれば、「災害救助事務取扱要領(内閣府)」にも反していることになる。
 ⑷ そして、何より「6か月」という期間は、余りにも短すぎる。
 熊本市の「応急修理制度」は、令和8年8月9日(発災から1年後)までに修理工事を完了することが条件となっている。したがって、元の住み慣れた借家に戻りたいと考えていた被災者が、被災借家の修繕が間に合わないために、別の場所に移り住むことを余儀なくされるという事態が生じうる。
 そもそも、被災者に対し、応急仮設住宅を供与する理由は、安心して生活再建を考える場所と時間的余裕を提供することにある。ところが、供与期間(入居期間)が「6か月」ということになれば、入居直後から次の転居先を心配しなければならなくなり、被災者から精神的余裕を奪うことにもなりかねない。
 ⑸ 以上より、熊本市が、元々「借家」だった者に対して、熊本県よりもさらに供与期間(入居期間)を短縮していることは、不合理な差別であることは明らかであり、災害救助法の趣旨及び「災害救助事務取扱要領(内閣府)」に反し、憲法の定める「自己決定権」(13条)及び「法の下の平等」(14条1項)に反するおそれがある。

2025(令和7)年9月9日
熊本県弁護士会
会長 本 田 悟 士