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熊本県警察留置施設における被疑者ノートの取扱いについて、直ちに運用を改めるよう求める会長声明

2025.11.21

 本年(2025年)11月6日、熊本簡易裁判所裁判官は、熊本県熊本北合志警察署(以下、「熊本北合志署」という。)留置施設に勾留中の被疑者について、国選弁護人に選任された当会会員が、留置施設内における被疑者ノートの取扱いが接見交通権及び黙秘権の侵害にあたりうることを理由に裁判官の職権発動を求めた勾留場所変更申立について、検察官の意見を聞いた上、職権で勾留場所を変更する決定を下した。
 本件において発覚した被疑者ノートの取扱いは、被疑者の就寝時間前になると留置施設職員が被疑者から被疑者ノートを回収して居室外の保管庫に収納するというものであり、当該被疑者が、弁護人との接見時に「就寝前に警察官にノートを回収されるのだが、そのノートに色々書き込んで本当に大丈夫なのか?」と相談したことにより明らかとなったものである。
 刑事訴訟法39条1項が定める被疑者と弁護人等との接見交通権及び秘密交通権は、憲法34条の保障に由来し、身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受けるための基本的権利に属するものであり、弁護人にとっても固有権の最も重要なものの一つである(最高裁大法廷平成11年3月24日判決等)。
 被疑者ノートは、身体拘束下にある被疑者が、弁護人との接見に備えて取調べの内容や疑問点、意見等を記載し、あるいは接見の内容を記載するための文書であり、弁護人との接見時における意思疎通を補完し、またはこれと一体となって弁護人の援助の内容となるものである。裁判例においても「被疑者と弁護人の接見交通権及び秘密交通権の保障の実質化である」と評されるなど(横浜地裁令和5年3月3日判決)、その重要性については論を俟たないが、その記載の秘密性が担保されることは、被疑者等の権利防御や弁護活動において、絶対条件である。当地においても、取調時における熊本県警の警察官の発言が黙秘権侵害及び接見交通権侵害にあたるとして国家賠償請求が認められた事案(熊本地裁令和3年3月3日判決、福岡高裁同年9月3日判決(控訴審))において、被疑者ノートの記載をもとに取調中の警察官の発言内容が認定された経緯がある。すなわち、熊本県警察(以下、「熊本県警」という。)は、被疑者ノートの重要性を十分認識しているはずである。
 近時、留置施設内における被疑者ノートの取扱いを巡っては、被疑者の意に反してノートの記載の一部を黒塗りさせたことが違法とされた事案(前記横浜地裁判決)や、留置施設職員が持ち去り、合理的な理由なく15分以上にわたって被疑者の手元から離れた状態にされたことが違法とされた事案(札幌地裁令和6年12月3日判決)等、黙秘権や接見交通権・秘密交通権を侵害し違法であるとする判決が各地で下されている。
 刑事収容施設及び被収容者の処遇に関する法律(以下、「刑事収容施設法」という。)195条1項及び同法施行規則8条は、留置業務管理者が、被留置者の保管私物の保管方法について留置施設の管理運営上必要な制限をすることができる旨規定しており、今般明らかになった熊本北合志署における被疑者ノートの取扱いは、これを根拠にするものと思われる。
 前記札幌地裁判決の事案は刑事収容施設法212条1項が規定する被留置者の所持品検査の許容性に関する判断であるが、被疑者ノートの重要性に鑑みれば、その判断枠組みは本件のような保管方法のあり方に関する問題にも妥当し、被疑者ノートを他の私物と同様に被留置者から回収して就寝中に保管庫において保管する行為は、留置施設の規律及び秩序を維持するための高度の必要性が認められない限り許容されないと考えるべきであり、その当否は、留置施設の規律及び秩序を維持するための必要性の程度と保管の態様等とを比較衡量して決することが相当である。
 この観点から検討すると、そもそも被疑者ノートが被留置者の手元にあることが留置施設の規律や秩序一般に影響を及ぼすものとは考え難く、被留置者がこれを用いて自殺・自傷行為や逃走を図るおそれも高いとは言えないのであり、被留置者が積極的に依頼していないにもかかわらず被疑者ノートを被留置者の手元から回収して保管する必要性は極めて低い(なお、前記札幌地裁判決は、そもそも被留置者らは紙(便箋等)を居室内に持ち込むことが認められている以上、綴りが解けそうになっている被疑者ノートをそのまま放置したことによって仮に一部の頁が紛失するなどしたとしても、紙を利用した自殺や逃走のおそれが増大するものとは考え難い、としている。)。他方、被留置者が鍵を管理しておらず被留置者自身が開閉をコントロールしようがない保管庫にて毎晩就寝時間中に被疑者ノートを保管するという態様は、被留置者からすれば、自分が就寝中に留置施設職員や捜査官が記載内容を閲覧するかもしれないと危惧するのが通常であり、被疑者ノートへの記載や黙秘を含む供述意思の形成に対する到底看過できない萎縮効果が発生する。
 したがって、裁判例に鑑みても、熊本北合志署留置施設における被疑者ノートの取扱いは、被疑者の黙秘権や被疑者及び弁護人の接見交通権・秘密交通権を侵害し違法となりうるものである。
 本件において、弁護人は、勾留場所変更申立に先立ち、熊本県警本部長、熊本北合志署長及び担当検察官宛に、被疑者ノートの取扱いに関する抗議文書を送付した。そうしたところ、熊本北合志署長は、当該被疑者を呼び出し、「被疑者ノートを君の目の前でロッカーに入れて鍵を掛けているのだから問題ないではないか。」と説明したとのことである。しかしながら、そもそも当該ロッカーの鍵を被疑者が管理するのではないのだから、熊本北合志署長の説明内容をもって取扱いが正当化されることにはならない。なお、抗議文書送付以降、熊本県警から弁護人に対しては何らの説明もなされていない。
 当会は、本件把握以降情報収集に努めており、当会会員からは熊本北合志署以外の県内の留置施設でも同様の取扱いであるとの報告がなされているが、本件のような取扱いが熊本北合志署のみのものなのか、熊本県警のみのものなのか、あるいは全国的なものなのか、その全貌は明らかではない。
 当会は、被疑者の権利擁護という観点において極めて適切な判断を下した熊本簡易裁判所裁判官に対し敬意を表するとともに、熊本県警に対し、就寝前に被疑者ノートを被疑者から回収し保管庫にて保管するという、黙秘権や接見交通権・秘密交通権の侵害の恐れのある取扱いを即時中止し、被疑者の権利行使に無用な萎縮効果を及ぼすことのない運用に改めることを強く求める。

令和7年11月21日
熊本県弁護士会
会長 本 田 悟 士