国選弁護制度の基礎報酬及び各種弁護費用の抜本的改善を求める会長声明
被疑者及び被告人が貧困等の理由で自ら弁護人を選任できない場合のための制度である国選弁護が、身体拘束を伴う刑事手続に弁護士が関与する原則的形態となっている。直近のデータでは、令和6年(1月ないし12月)における熊本地簡裁管内の勾留決定数が910件である一方で、同時期における被疑者国選弁護の指名通知数は817件であった。
近時、熊本地方裁判所においても複数の無罪判決が言い渡されており、無辜のえん罪救済のために刑事弁護人の活動が極めて重要であることは論を俟たない。しかしながら、弁護士が国選弁護人として活動するのは、何も社会的な注目を集めるえん罪事件や重大な結果が発生した事件のみではない。現行法上、国選弁護の対象となるのは勾留決定が下された全事件である。日常生活に潜むあらゆるトラブルが、身体拘束を伴った刑事事件となれば国選弁護の対象となるのである。
当会も、国選弁護が被疑者・被告人の権利擁護のために憲法上必須の制度であるとの認識の下、独自の予算で、当番弁護士制度や取調べ立会いの援助制度、罪に問われた障害者等に対する刑事弁護費用等の援助制度等を創設し、市民が時代の進展にあわせて高度化する刑事弁護活動を費用負担の心配なく享受できる体制の拡充に注力してきた。
しかし、そもそもこれらの諸措置は、無罪推定の原則が憲法上保障される我が国において、本来全て国費によるべきものである。
そして、かかる議論の中で、現行の国選弁護制度の基礎報酬及び各種弁護費用の支弁が極めて不十分であることの抜本的な解決も図られるべきである。
国選弁護の報酬基準は、①弁護人の労力を反映させた客観的基準(労力基準)、②一定の成果に対する加算報酬(成果基準)及び③報酬と費用の別立てという3点を軸に策定しているとされているが(日本司法支援センター「国選弁護関連業務の解説」)、その実態はあまりにも硬直的なものであり、到底弁護人の労力や時間的拘束を十分に反映させていると評価できるものでは決してない。
国選弁護の基礎報酬は、被疑者段階では接見回数、裁判員対象事件を除く被告人段階(第一審)では管轄裁判所(地方裁判所・簡易裁判所の別)や単独事件・合議事件の別のみを基準に算定される。しかしながら、弁護人の弁護活動の場は、接見室や法廷のみではない。被害者がいる事件では被害者や関係者と何度も交渉し、被疑者・被告人が社会的弱者である場合には福祉や医療の専門家とも連携して活動する。また、当然ながら、弁護人は何の事前準備も行わずに公判に臨むわけでもない。現状の国選弁護報酬の仕組みでは、報酬に十分に反映されない弁護人の活動があまりに多すぎると言わざるを得ない。
昨年、佐賀県警察科学捜査研究所の職員によるDNA鑑定で不正行為が発覚したこと等でも明らかになったとおり、捜査機関による捜査の信用性を争うべき事案は多い。2019年に無罪判決が確定した松橋事件でも、弁護側の科学的鑑定が無罪主張の柱の一つとなった。しかし、現行の国選弁護の報酬基準では、当事者鑑定の費用をはじめ、本来行われるべき多くの弁護活動の費用が十分に賄われず、極めて不公平なものとなっている。その結果、証拠開示が不十分な中で人質司法に抗し、冤罪防止や更生支援等に鋭意努めるべき国選弁護人の活動が相当制約されているのである。これは、「弁護士報酬」の問題ですらない。「実費」の問題である。
国選弁護事件の平均的な報酬は、事務所経営を維持しながら適正な弁護活動を行うために必要な対価としては非常に低額な状態が続いている。この20年で消費者物価指数は約18%上昇し、大卒初任給は25%以上、平均賃金は10%以上、最低賃金は60%以上増加したが、これらの事情は報酬基準に何ら具体的に反映されていない。
現在の国選弁護報酬は、語弊をおそれずに言えば、「一生懸命やればやるほど弁護人の生活が脅かされる水準」である。
弁護士は、「国選弁護で儲けたい」のではない。しかし、弁護士職務基本規程上最善の弁護活動に努めることが求められる一方で、過大な負担とあまりに見合わない、自らの生活が脅かされる水準である報酬体系は国選弁護の担い手確保が困難となる大きな原因の一つである。社会的インフラとしての国選弁護制度が機能不全に陥ると、最終的に不利益を被るのはある日突然刑事手続の当事者となり得る市民一人ひとりである。
よって、当会は、被疑者・被告人の更なる権利擁護と公正な刑事司法制度実現のため、国会、法務省、財務省等に対し、国選弁護制度の基礎報酬及び各種弁護費用の抜本的改善を求める。
国選弁護制度の崩壊は目の前に迫っている。
熊本県弁護士会
会長 東 健一郎


